昨年から、1~2ヵ月に1度のペースで食事にいっている仲間がいます。
もともとは、
「世界一孤独な日本のオジサン」を題材にしたイベントでご一緒した方々で
世代がバラバラ(私を真ん中に、上下15歳くらい)なのが、ちょうどいい塩梅です。

もちろん、同世代で集まって
「そうそう、そんなことあったね~」
と思い出を共有するのも楽しいですし、
とくに仕事や結婚の話になると、時代背景の違いによる感覚の違いが大きいので、
ジェネレーションギャップが邪魔になって、いまいち盛り上がらない・・・ということもありますが。

これが、上下5歳くらいの差だと、ちょっと違う空気になるんだろうなぁ と思うのです。
生々しくなるというか、羨ましいような妬ましいような気持ちが芽生えそう。
いや、私の度量が狭いだけかもしれませんけれど、
いい意味で「他人事」として冷静に聞けるのは、
「ちょっと生まれるタイミングがズレていれば」とか
「私がもう少し若ければ(キャリアを積めば)」
といった仮定すら成り立たない距離にいる相手の話だと、雑念を交えず耳を傾けられるような気がするのです。

ほかのお2人も
「5人だと派閥ができるし、2人だと話題が途切れると困るけど、3人はちょうどいい」
「いまのところ、一緒に仕事をしているわけじゃないので、ネガティブなことも抵抗なく言える」
と、それぞれに❝いい塩梅❞ だと感じておられるようです。

で、先日もこの3人で食事をしているとき、
「アラサー女子」の悩みを聞いて、私なりにアドバイスをしている途中で、
(中身は全然違うんですが)これば、私自身へのアドバイスにもなっているなと気がつきました。

そのココロは?
「欲張るな。身の程わきまえて、あきらめろ」
ってことです。

私って何もできない・・・と自分の不足を嘆くのは、
自信がないからではなくて、「本当の自分は、もっとできるはず」という過信や高望みがあるんじゃないかと、彼女の話を聞いていて感じたからです。
そして「アラサーにもなって、これではダメ」みたいな嘆きを聞いて、「何言ってるのよ、まだまだ若いやん」と私がいうと、定年後に再就職を遂げてご活躍の男性が、「二人とも、まだまだ若いですよ」と、かぶせてくるのです。

あはは、そうですね!

って感じです。
思い起こせば私も、理想と現実のギャップに振り回されたのが、30代前半くらいでした。社会人生活が10年を超えて、自分の立ち位置が今のままでいいのか悩む❝お年頃❞なのかもしれませんね。

そんな経緯がありまして、私は「英語ペラペラになりたい」という、さして目的ない欲望を捨てることにしました。
英語より100倍好きな日本語に集中します。

日本語で、読む、聞く、書く、話す。
自分でも、そして他人にも。

60歳まで頑張れば、それなりに誇れるものができるはず。コツコツやります。