継続が悪のサイクルになるとき

ふと、昭和と平成のどちらを長く生きているのだろうか? と思い、いつのまにやら平成のほうが長くなっていることに気がつきました。
とはいえ、やっぱり私のメンタリティは、基本的には「昭和っぽい」し、「バブル臭」がするのではないかとも自覚しています。

ですから、「女が社会に出るなんて」てな態度にはカチンとしても、
職人さんが「自分たちが若い頃は、見て盗んだもんですが、いまは手とり足とりで」と嘆かれると、あぁ、わかると感じることが多いわけです。

ただ最近、世界的に活躍するスポーツ選手や、将棋の藤井さんのように国内でも規格外の偉業をさらっとやってのける若い人たちを見ているうちに、日本人が美徳としていた「耐える」「苦労する」「謙遜する」etc. というメンタリティを、次世代につないでいく必要はないんだなと思うようになりました。

大好きなことに打ち込み、高い目標を達成するために努力はしても、自分を押し殺すように耐え忍ぶことはないし、技術を身につけるのに見て盗むなんて遠回りなことをしなくても、うまい人にコツを教えてもらってショートカットすればいいし、実力があるのに「いえ、まだまだです」と言い続けるより、「世界一になります」と宣言してしまったほうが、本人もまわりもシアワセになれるんじゃないかなぁと。

ところが人間ってのは困ったもので、「自分がしてきた苦労」を誰かに押し付けてしまうクセがあるようで・・・。
昨年、久しぶりに就職した会社の上司から、「私もあなたと同じ転職者だけど、入社したばかりのときは、●●さんにいじわるされたし、なかなか思うように働けなかった。ようやくつい最近ですよ、やりたいことができるようになったのは。だから今は我慢して」と言われてしまい唖然としました。

なんだぁ?この
--虐待された人が親になって虐待する
--いじめにあった子が別の子をいじめて憂さ晴らしする
みたいな 空気は。

そんな場所から脱出し、気を落ちつかせて周りを見直してみると、
雰囲気のいい組織やチーム、家族やサークルは
「恨み」は忘れて、相手から静かに遠ざかり
「恩」は 相手に感謝を返して、次に送る(つなぐ)

というふるまいで、悪循環を断ち、好循環をつくっていました。
何かうまくいっていないところは逆のことをするから、
常に誰かが我慢を強いられたり、自由に意見が出せない空気になったり、手柄を独り占めする人のところで喜びが滞ったりしているのです。

当然といえば当然の流れなんですが、「長く続けることがいいこと」と思いがちな日本人である私たち(とくに、私のような「昭和っぽい」タイプ)は、悪い循環に巻き込まれ、自分もそっちに力を貸している恐れアリ! だと思います。

でも、せっかく気がつくことが出来たのですから、これからは好いほうのサイクルをまわしていきたいものです。

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