新年度になりました。
昨日は新しい元号が発表されて、日本中が「新しい時代」の到来に期待を膨らませています。
ほかに、何かが具体的に変わったわけではないのに、「変わりそう」というだけで、人の気持ちがこれだけ動くとうのはスゴイことですね。
お正月を過ぎたころに同世代の友人と話していたとき、
「平成生まれの子としゃべっていたとき、『ガラガラポンで、常識が引っ繰り返るかもしれないよ』って言ったら、それ何ですかと聞き返されちゃった。もう、通じないのね『ガラガラポン』なんて」と苦笑いしていました。
昭和40年代に生まれた私は、ノストラダムスの大予言を少なからず信じていたし(笑)、何事もなくてよかったと思う半面、阪神淡路大震災を体験したり、オウム事件や9.11テロなどを見たりして、誰の予言を信じるの信じないのということではなく、明日のことは誰にもわからないし、一日にして世の中が激変することがあるのだということを知ってしまいました。
その後に生まれた人たちにしてみたら、福引に当たる『ガラガラポン』という愉快な響きで革新を繰り返して成長してきた世の中も、そのプロセスで積み上げてきた価値観が一瞬で引っ繰り返るほどの事件も知らないのです。
「それ何ですか?」という問いに対して、語源を説明するのはたやすいですが、ニュアンスまで伝えようと思おうと、どこから何を説明すればいいのやら。

昔は当たり前にやっていたことで、いまでは常識の外になってしまったことがたくさんあります。
たとえば、年賀状。
ピーク時は300枚ほど買っていましたが、いまは30枚くらいです。
年賀メールに以降したあと、SNS上での挨拶で済ませるまでになりました。
結果的に、リーチする人数は増えているから悪くないだろうと納得していたのですが、

最近、古い名刺を「Eight」というアプリで整理するようになって、
やはり何らかの形でご縁をメンテナンスする習慣は、続けたほうがのかも?と思うようになりました。
疎遠になっていた方から連絡をいただいたり、「いいね!」をいただいたりすることが出てきたからです。それに加えて(
先方も使っている場合に限りですが)異動されたとか昇進されたとか、転職されたとか独立されたとかがわかって、なかなか便利です。
ガラガラポンで、アナログがデジタルに切り替わり、モノを持つよりミニマムに生きるのがよしとされるようになり・・・と、価値観をはかるものさしは変わっていますが、最終的な目的は同じなのかもしれません。
相手に感謝や経緯を表すこととか、誰かに助けられたり誰かを助けたりすることとか。
どんなに世の中が変わっても揺るがない本質って、言葉にしてしまうと陳腐ですね。困ったもんです。